主の日の祈り

主の日の礼拝にて

11/13礼拝にて

天地の造り主、全能の父なる神を信ず、と今朝もまた、古くから変わりない幸いな呼び声――あなたの御名を信ずる幸いのもとに集まりました。そしてこうして御子イエスの十字架のもとで、十字架に表された人間の憎しみや破壊すら、あなたの造り主としての御名を傷つけることができないことを、示してくださいます。どうか、御霊を送り、揺るぎないあなたの御業に、再び目を開くことができるようにしてください。
あまりに早く、しかも荒々しい世界の変化に、たじろいで過ごした一週間でした。だれもが幸せを願いますが、願う幸せの裏側でうごめくものの空恐ろしさにたじろいでいるのです。しかし主よ、今こそ、天地の造り主、全能の父なる神を信じさせてください。そして、時代がいかにあろうとも、かしこより来たりて、生ける者と死にたる者とを裁き給うキリストの御手のもとにある信仰から退くことがないように守ってください。
避け所であるあなたの前にやってくるとき、私どもが、人の言葉に、見えてくる景色の明暗に、一喜一憂を繰り返してきたのではないかと、改めて自らを訝(いぶか)しんでいます。どんな言葉に出会いつつも、どんな景色に囲まれつつも、なお喜び続けていたいのです。この国がどのような変化を遂げようとも、ここに恐怖や不安を解かすあなたの希望の灯火が燃えていることを信じ続けたいと願っているのです。主よ、そうした願いは、間違ってはいないでしょう。それゆえに求めます。信仰と愛と希望を保つために、変わることのないあなたの言葉を、より深く・より確かに出会わせてください。時を置かずに、どうか今朝、御霊を注いでください。弱くなる信仰であるならば、どうか強めてください。
世界の教会を、この日覚えてください。アメリカの教会、自分の国の幸福ばかりを追い求めはじめている先進国に立てられている各国の教会、プロテスタントカトリック、正教のいずれの教会も、自分の言葉とは異なる他者であり給うあなたの言葉に目を覚ましますように。教会に与えられた御霊を今こそ息づかせてください。語り方は異なれども、本当に必要な言葉、愛と慎みの言葉をどうぞ語り・聞くことができますように。
病にある者たちを憐れんでください。教育ボランティアに癒しを与えてください。この日、健康が許されずに教会に集えない淋しさの中で主の日を過ごしているどの魂も、あなたの顧みの中に置かれますように。
すべての恐れ、悲しみ、孤独、打ち捨てられた思い、うずくまる心が、どうか慰めを得ますように。主の御名によって

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