主の日の祈り

主の日の礼拝にて

2/21礼拝にて

十字架の前にこうして集いました。集うべきところ、見るべきものが与えられていることを感謝致します。今朝もここに示されている揺るぎないあなたの愛に支えられている私どもであることを改めて知ります。
主よ、深く、私どもの魂にも、私どもの生活にも、私どものからだにもそのあなたのご愛を刻むことができますように。そのためにも、懇ろに私どもの魂の深みを訪ねていただかなくてはなりません。私どもに届く言葉をあなたに語っていただきたいと願っています。
社会に、家庭に、学舎に、誠実な隣人として存在できるように、それなりに心を用いて、生きてきました。しかしまた、決して人前に語ることのない、あらわすことができない思いを抱えて生きてきたのも事実です。どうぞ、そうした私どもの如何ともしがたい心が、あきらめに終わってしまいませんように。どうか、そうした心からなおキリストを憧れて呼び続け、祈り続けていることができますように。やがての日、誠の主の日に、顔と顔を合わせるように御子に会うとき、私どもは全く御子に似た者とされてしまうのです。どうか、その日の望みがすでに私どもの生きているこの時をも照らしますように。汚れをさって、きよく生きられますように。愛に、赦しに、和解に、平和・平安に生きられますように。
決して明るいとは言えない社会、世界です。少なくともそうした暗さに染められてしまうことがないように守ってください。また、そのような光の戦いが、すでに世に勝ったといわれるキリストを先頭に立てている戦いであることを忘れることがなく、光の武具をもって果敢に闘わせてください。
どうぞ、世界のキリスト者たちをそのように守ってください。手の中のかすかな望みで一喜一憂すること、まわりの平和の達成度で一喜一憂することから――主よ、お助けください、私どもは弱いのです――どうか、目をキリストに注ぎ続けていることができるようにしてください。世界の教会を、今日、強めてください。揺るぎなき望みに生かしめてください。
共に集い得ない信仰の仲間たちを、今朝も守ってください。家族への愛の務めを果たしている者を祝福してください。病にある者を癒してください。試練の中にあるものに、神の計画を見続けているまなざしを与えてください。
十字架の前、み言葉の前に留まります。信仰がふたたび息を吹き返しますように。

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