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主の日の祈り

主の日の礼拝にて

4/30礼拝にて

主の甦りを、何度でも繰り返して祝うことができますことを感謝致します。悲しみも苦しみもは、そのままではないということを信じることが許されています。岩のように固く動かぬ悲しみも苦しみも、必ず取りのけられるということを、墓の前で、閉じきられた部屋の中で知らされたあの日から、その喜びを祝い続けて二千年、どれほどの悲しみや望みのなさが慰めを受けてきたことでしょうか。御霊の光の中に立たせてください。死に囲まれて、恐れに囲まれて生きている私どもに取りまして、いのちをみわざを信じるということは、ただいのちの御霊の働きによる以外にはないのです。そう信じています。だからこそ、いのちの御霊を与えてください。御言葉が悲しみや苦しみや望みなさの中に、深く染みこんできますように。
教育ボランティアのために祈ってきました。どうしてあなたは彼をお取りになってのでしょうか。どう考えてよいのか、何故なのか、何のためなのか、私どもにはわかりません。ただ十字架のあの絶望にまで歩みを進めてくださった主イエスを知っています。そこがなおあなたの甦りの光届くところであったことは知らされています。どうか、甦りの光を、ご家族の悲しみの中に、そして教育ボランティアの失われた肉体のうちに届かせてください。私どもの信仰を支えてください。
戦争になるのではないかという緊迫の中で過ごしました。関係する国々の政治的に重い責任を負っている者たちを、あなたが憐れんでください。どうか、判断を誤ることがありませんように。粘り強く平和の努力がなされますように。
また、各国の国民一人ひとりが、落ち着いていることが出来ますように。とくに、それぞれの国にある教会、日本、韓国、中国、アメリカの教会が、教会としての立ち位置をずらさず、平和のために祈る使命を果たしていることが出来ますように。また、今朝、ここでも私どもの祈りを一つに束ねて祈ります。どうか、平和へと導いてください。愚かな道に迷い込むことがないように守ってください。
様々な心を抱えて集ってまいりました。人前にあらわすことがなかった心、しかし、あなたの前には明らかになっていた心の一つひとつを、心を読み知り給う御霊によって、訪ねてくださいますように。神には何でも出来ないことはない、ということを、深く、確かに受けとめることができますように。また、共に集えない信仰の仲間たちを覚えてくださって、一人きりの主の日でありましても、力なく思われる祈りでありましても、辛子種ほどの信仰をあなたが受けとめて、力ある強い信仰へと守り導いてください。主の御名によって

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