主の日の祈り

主の日の礼拝にて

2/19礼拝にて

あなたの豊かな守りの中で生かされ、こうして再び御前に集うことが許されました。あなたのそのような導きを信じることができなかったならば、今頃どんな歩みをしていたかと思います。一人で考えるには手に余る私どもの歩みであります。誰かに取りすがることもできません。自分で生きていこうとする時に抱えきれない抱え込んでしまうような私どもであります。そんな自分が一人で生きていたということを考えますと、いったいどうなっていたかと思います。様々なことを抱えましても今がこうして御前に飛び込んできて、あなたに祈り、あなたにゆだね、あなたに助けていただくことができるようにされています。どれほど幸いなことでしょうか。
主よ、しかし、御言葉によって深く探っていただかなくてはなりません。ときに私どもの心は曲がってしまいます。あなたの導きを信じられなくなってしまいます。光届かないところをあなたが尋ね当ててくださり、あなたが光を届けてくださることが必要です。主よ、どうか御言葉で探ってください。御言葉で訪ね出してください。そして御言葉で引き留めてください。自分一人の思いの中に立ち尽くすことがないように、豊かなあなたの愛の中に再び取り戻してください。
世界を思います。人間の思いだけが走っているのではないかと思われるような世界です。相手を顧みることを失ってしまい、慌てて自分のもとにいろいろなものを集めようとする世界であるように思います。主よ、各国に立てられている教会を憐れんでください。御霊を与えてください。御言葉の語り手を、御言葉の聴き手を、教会を御霊で捕らえてくださいますように。そして放っておいては決して自分から出てこない言葉を、どうか教会の人々が語ることができますように。受けるよりも与えるほうが幸いだとおっしゃった主の言葉を共々に語る群れであることができるように主よ助けてください。あなたのあなたご自身の導きと力が必要であります。どうぞ、教会の民をあなたがそのように祝福してくださいますように。どこかに主の御形を宿す教会の民であることができるように導いてください。今朝この集いを慕いつつも、様々な事情に阻まれて、ここに来ることのできない者たちをどうぞ覚えてください。挙げられる小さな祈りの声にあなたが寄り添ってくださいますように。決してその祈りが小さくないとあなたがお示しくださいますように。また教団をあげて祈っている教育ボランティアを覚えてくださいますように。大切な治療が月末になされると聞いております。主よ、顧みてください。あなたがこの治療をお用いくださいますように。癒しを与え、ご家族に守りを与えてくださいますように。こうしたことを携えながら、今御言葉の下に留まります。口を開き、心を開いてくださいますように。主の御名によって。

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