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主の日の祈り

主の日の礼拝にて

11/6礼拝にて

こうしてみ前に招かれることが、どれほど幸いなことでしょうか。追いかけてくる自らの罪深さがありつつも、それよりももっと強く、確かに追いかけてくるあなたの恵みの御手が、どれほど私どもを強く捉えていてくださるか、改めて御前で思い起こしております。あなたを信ずることを弱めること多く、思いわずらいに捕らえられること多く、それゆえに他者に思いを向けること少なく、つい先ほどまで考えていたこと、あるいは今ここに御前にすら持ち込んでいる、どうしようもない心があります。しかし、気づけばあきらめることなく、あなたを呼んでいます。信仰が守られていたことを知り、感謝を献げさせてください。もはや私どもの信心の力ではありません。信ずることさえも、あなたの真実に担われているのです。深い感謝と喜びに満ちた恐れを、今ここで回復させてください。
神が働いておられないかのような世界を見せつけられてまいりました。ニュースで聞かれることにも、疲れを覚えています。世界がいったいどうなるのかと不安に思う心が、満ちています。
主よ、ご自身の民をこの日に――世界にあるご自身の教会を――この日に訪ね歩いてください。宗教や肌の色や自分自身の利益や正義に閉じこもる心があります。聖霊を教会に注いでください。あなたを心深くに頂き、自らの罪深さを悔いる以外に、向かい合う人々の悲しみや苦しみに目が開かれる以外に、人間の心は変わりません。ひと事ではありません。自分自身もまた、どれほど人に心を閉ざしてきたかと、改めて思います。どうぞ、他者を思いやる心を備えさせてください。愛に生きられますように、平和に生きられますように。
政治的な責任を負っている人々を、どうぞ憐れんでください。思慮深く、冷静であることができますように。悲しみを大きくするような過ちを犯すことがありませんように。
病床にある信仰の仲間たちをどうぞ御心にとめてください。癒してください。とくに教団を挙げて祈っているあの教育ボランティアを、どうぞ癒してください。家族も守ってください。
また、今朝ここでうずくまるような思いを抱えて御前にある者たちも、御言葉に希望を、光を、見いだせますように。神の国がここにやって来ますように。
主の御名によって祈ります。

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