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主の日の祈り

主の日の礼拝にて

6/19礼拝にて

尊い招きの中で、御前に出ることを許してくださっていますことを心から感謝致します。何より、主イエスの十字架の御許です。限りないあなたの愛、あなたの赦しがあります。人には隠している心の深みも、あなたには隠すことができません。それは恵みであります。もはや、取り繕って、自分ではない姿を装う必要も、ここにはないからです。思い起こす自分自身の様々な姿があります。密かに動き続けていた心もあります。人に投げかけた言葉、内心めぐらせた思いもあります。どれも恥ずかしいものです。そうした私どもの本音が、すでに神の前に引き出されて、本気であなたが私どもを、わたしの子よ、と呼びかけていてくださいます。夢ではありません。どれほど繰り返し主イエスに教えられていることでしょうか。この罪深い私どもが、しかし本気であなたを父と呼んでいることができますように。あまりにも自分自身の姿に捉えられてしまい、あなたと父と呼ぶこと、私どもがあなたに子と呼ばれていることがうつろになってしまっているのでしたら、どうぞ、再びあなたの愛で私どもの信仰を、愛を揺り覚ましてください。あなたの尊い招き、呼び声の中で、私どもの正体がほかではなく、あなたの子どもであることが、ほんとうに深くわかってまいりますように。
世界には、憎しみや戦いの種が、そこここに存在しています。みんな、自分自身が正しいと思って生きています。それゆえに、強い人も弱い人も、ほかの人を軽んじてしまいます。またそれゆえに張り詰めた空気があります。どうぞ、平和を与えてください。手を携え合う道が、様々に模索されていますが、あなたの祝福を得る以外にはありません。どうぞ、平和の努力を、和解の努力を、愛の努力を、あなたが祝福してください。
私どもの国が選挙を控えています。戦後70年を越えて、考えるべき様々なことに迫られています。若い人々も新たに選挙に参加します。どうぞ、冷静に考えることができますように。思慮深くあることができますように。
病の中にある人々をあなたが憐れんでください。教団の教育ボランティアが少しずつ快復していることを感謝します。なお、あなたが癒してください。どうぞ、もとの働きに戻ることができますように。
共に集えない信仰の仲間たちに、祝福を注いでください。今、ここにやって来つつも、なおうずくまるような心を、痛みや不快を覚えている肉体を、どうぞ、あなたが顧みてくださいますように。主の御名によって

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