主の日の祈り

主の日の礼拝にて

4/24礼拝にて

幸いな50周年の記念の主日を過ごすことが許されて、改めてあなたの守りの確かさの故に、御前に感謝を献げます。御霊を与え続けて下さいました。み言葉を響かせ続けて下さいました。そのみ言葉の故に、私どもの喜びの種は尽きることがなく、こうして今朝も、共々に御前に集い得る幸いを感謝致します。
 どうか、なおこの教会を御心にとめ続けてください。語られ信じられる福音をなお確かな喜びでささえてください。この国、この時代のために、あなたにそうしていただく必要があります。目の前に現れる事々の明暗に一喜一憂を繰り返す時代です。しかも、明るいものよりも暗い事々を数えることの方がたやすい時代です。災害があります。今朝も、未だ止まぬ地震で不安のうちに過ごしている熊本や大分の地を覚えております。どうぞ、あなたの憐れみを注いでください。風も波も従わせる主イエスを知らされておりますが、しかしこうした災害に出会うときに、あの弟子たちと同じように、またもや揺らぐ心を抱えてしまいます。何よりも今朝の主の日を、あの地の教会がどのように過ごしているでしょうか。教会を、牧師を、そして信徒たちをどうぞあなたが強めてください。患難の中にも、注がれている聖霊の故に希望をいだくことが許されていると、使徒パウロは教えました。それ故に、御前に祈ります。彼の地の教会に聖霊を注いでください。そして、また私どもの教会にも、祈るため、希望の拠点を守るために聖霊を与えてください。

エクアドルにおいても大きな地震があったと報じられています。私どもの国を上回る犠牲者が会ったと伝え聞いております。どうぞ、彼の地にもあなたの憐れみを注いでください。各地で起きている災害をも御心にとめてください。それぞれの地に立てられている教会を今朝、甦りの主がお訪ねくださいますように。なされる礼拝、祈りをあなたが祝福してください。やがておいでくださるキリスト指さしつつ、希望を保っていることができますように。

人間自身が巻き起こしている災いもまた、私どもの思いを暗くしています。世界が平和へと導かれてまいりますように。紛争やテロ、祖国を失った人々、貧富の格差、政治的な混乱、そのどれをもあなたが憐れんでください。また、私どもの国も、実際に平和への道のりを前に進める道を問うことができますように。とくに政治的な重責を負っている人々を、あなたが憐れんでください。

このような心を携えて、御前でみ言葉を聴きます。私どもの心が求めている言葉、それは私ども自身が気付くことなく意識もしていない言葉かもしれません、しかし、私ども自身では知ることができない、あなたならではの言葉を私どもに与えてください。望みは私ども自身にではなく、あなたにあると信じているのです。主の御名によって祈ります。