主の日の祈り

主の日の礼拝にて

3/13礼拝にて

御子イエス・キリストによって与えられた救いの故に、御前にこうして招かれ、はばかることなくあなたに近づくことが赦されております幸いを感謝致します。過ごした一週間を思い返しても、あなたの御前に立つ資格を確かめることができません。ただ、あなたの恵みの故であります。
しかしまた、その恵みにも慣れてしまって、あなたのしてくださったことの大きさも、自分自身の貧しさも忘れてしまっているのかもしれないと思います。御子のなしてくださったみ業の大きさよりも、人から投げかけられた言葉が心を占めているのかもしれません。一万タラントを赦された僕がなお赦せない思いに縛られていたのは、自分自身の姿であるかもしれないと改めて考えています。
心の深いところで、どうか、あなたの恵みの大きさを、その大きさのままに受けとめることができるようにしてください。人の関わりの前であれこれと考えているところから、あなたの御前に引き出していただかなくてはなりません。どうぞ、御霊を与えてください。心の深み、魂の深みを訪ねてください。ほんとうに、あなたの恵み深さが見えてまいりますように。自らが赦されていることをわきまえ知り、それゆえに解き放たれた思いで生きることができますように。
東日本大震災から五年が過ぎました。未だ癒えない多くの傷を思い起こしつつ過ごした一週間でした。改めて祈ります。主よ、あなたの憐れみが必要です。教会を通して与えられる慰めも、また、それ以外に与えられる慰めも、どうぞ、真実な慰めのすべてをあなたが祝福してください。とくに、愛する者を失った人々を憐れんでください。また失われた人々をも憐れんでください。住むべきところを失ったまま生活している人々を守ってください。生きていくために必要な希望を、大きな希望も、小さな希望も与えられますように。
これらの祈りを携えつつ、今み言葉に向き合います。恵みを注いでください。その恵みが私どもにだけ留まるのではなくて、様々な形でこの国に、この世界に広がりますように。平和ならざる世界の中で、平和に生きることができますように。うちひしがれている心を訪ね給う主が、私どもを通して表されますように。み言葉が、主の御姿を私どもに示し、与えますように。

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