主の日の祈り

主の日の礼拝にて

2/28礼拝にて

一週間の守りを感謝致します。様々な場面を歩んでまいりました。信仰を得ている幸いを喜びつつ、確かにあなたに支えられる歩みであったと、ここに帰ってきた思い返しています。様々に混乱を経験しているこの社会と世界の中にあって、それらを貫く摂理の主の御手、希望と平安を与えてくださるあなたの御手に目を注ぐべき信仰が与えられているということが、どれほど幸いなことであるかを改めて思います。
どうぞ、なお、全能の父、摂理の神の御手、導き手であり給う真実な救い主を信じる信仰を強くしてください。思いがけないことに心を揺らすことがないわけではないのです。思い通りにならないことに出会うとき、やはり、苛立ち、不平不満に捕らわれ、大胆に解き放たれて生きる喜びを弱めてしまうことがあるのです。信仰の足取りが乱れ、自分で生きている気分になり、それ故に友に、家族に、共に生きている人々に注ぐべき愛を、小さく貧しいものにしてしまうこともあるのです。もし、まるでそれが人間としての当たり前のことのように思い、悩むことすら忘れて、ひたすら自分の思いの中を堂々巡りしていることにも気付かなくなっているとすれば、どうぞ、本当の自分の姿、キリストをいただいて、キリストのようになる道のりにある私どもの本当の姿に気付かせてください。
世界の教会を、今朝、あなたがあわれみをもって訪ねてくださいますように。キリストがお教えくださった愛や平和をよそに、自らの幸せと、自らの許しにのみこだわることがありましたならば、どうぞ、主が福音を語る者を、そしてまた信仰者の一人ひとりをご訪問くださり、広く解き放ってくださいますように。現状をあれこれ考えることに勝って、大きく主がお与えくださる希望に目を向けることができますように。とくに、政治的に責任を負っているキリスト者たちを覚えてください。受けるよりは与える方が幸いだ、と言われた主イエスの言葉を記憶していることができますように。
災害に遭いつつ未だ日常の生活を回復できずにいる人々、とくに東日本大震災から五年を迎えようとしています。主のあわれみを被災された方々に注ぎ続けて下さい。戦火に追われる人々、信仰の自由が許されず密かに礼拝を献げている人々を覚え、あなたの希望のご計画の中に書き留め続けてください。
み言葉を聞く私たちを強めてください。御霊を注いでください。共に集えない人々に主が顧みを注いでください。病の方々に主の癒しを与えてください。心に苦しみを抱えつつ集った者たちに主が慰めを与えてください。主の御名によって

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