主の日の祈り

主の日の礼拝にて

1/24礼拝にて

イエス・キリストの父なる御神
御子イエス・キリストの十字架と復活の前に、共に集うことができました。そこに示されている恵みを知る時にこそ、私どもがどれほどのあなたのみ思いの中で招かれているかということがわかります。御自身の全能の御力を、山を動かすような奇跡にではなくて、一人ひとりの心をつぶさに知ることに用いてくださって、心の深いところから私どもを解き放ち、ささやかながら強く生きる道を備えてくださいます。あなたに私どもが知られているということがどれほどの恵みでしょうか。
あなたを目に見ることが許されない私どもは、時々、いいえ、しばしば、あなたの変わらない慈しみのまなざしの前に置かれていることを忘れてしまいます。申し訳ないことです。みずからの不信仰を恥じています。しかしまた、こうしてあなたのみ言葉の前に集う時に、改めて揺るぎない愛を示されます。その愛こそ、私どもを貧しい信仰からさらに深く確かな信仰へといざなってくださいます。どうぞ、み言葉を与えてください。私どものうちにぐるぐると回り続けている、繰り返しても仕方がない言葉を、あなたの確かな言葉で吹き去ってください。心に巡らせるべき本当の言葉を、けさ、私どもにお与えくださいますように。
あなたにこそまなざしを定めたいと思います。より一層、そうすることが求められている時代です。人間たちが造り上げてきた世界の限界が、そこここに見えています。世界は存続するのだろうかという思いは、もはや特別な宗教思想ではなくなっています。私どもキリスト教会が古くからそうしているように、主のおいでをなお一筋の望みを保ちつつ、お待ちしていることができますように。
病床でこの主の日を過ごしている信仰の仲間たちを御心にとめてください。献げられる祈りにあなたが御霊を注いでください。一日も早く癒されますように。受験に取り組んでいる若い者たちをあなたが導いてください。
世界に平和を与えてください。どの国においても主の日の礼拝を祝福し、キリみ言葉のゆえに、どうぞキリスト者たちを偏狭な思いから連れ出してください。説教者たちを祝福してください。み言葉を聞く者たち、聞いて社会や家庭に戻っていく者たちが、み言葉に生きられますように。
主の御名によって祈ります。

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