主の日の祈り

主の日の礼拝にて

10/25礼拝にて

御前に集う歩みが守られたことを感謝致します。様々なことに出会いつつも、心と体が守られつつ、そして何よりも御前を愛する信仰をあなたが守ってくださいまして、あなたに祈ることに望みを失うこともなく、こうしてここにあります。
ここに集うことができない信仰の仲間たちを覚えています。病の床にある人びと、様々な事情でここに共に居ることができない人びとにあなたが御心をとめてください。そうした人びともやはり祈りを失ってはいない人です。苦しみのなかで祈を強め深めている人びとをあなたが訪ねて、なくてはならぬ恵みと力を備えてくださいますように。
精一杯の歩みをと願いつつ、心も力も注いで生きてまいりました。けれども、比べようもないあなたの愛の前に出る時に、私どもの言葉にしても、行いにしても、思いにしても、あなたに赦していただき、あなたに再び強めていただく以外にない自分自身であります。やはりあなたのもとを離れるわけにはいかないと改めて思います。どうぞ浅薄な赦し――「どうせこんなものだ」と自分で自分を許し認めてしまおうとする浅薄な許し――から、尊いみ傷を御手に刻みつつ赦しを語られる主イエスから聴き取る赦し、深く私どもをその愛に捕らえてしまわれる赦しを聴き取らせてください。
狭く小さく縮む愛の世界に生きています。自分と同じ国、同じ民族、同じ宗教、あるいは自分と似たような考え方の人びとしか愛そうとしない世界です。それだけに無関心や敵意や憎しみが色濃く残されている私どもの世界です。そのような世界、いいえ、私どもの足下の社会で、あなたから教えていただく愛にいささかでも生きることができますように。
世界に平和を与えてください。国同士の緊張が高まっています。どうぞ、戦いに近づいてゆく歩みを選択してしまうことがないように、どの国にあっても政治的な責任を負っている人びとを守り導いてください。とくに、すでに多く存在するどの国の教会、どの国のキリスト者たちも平和を祈り、わたしたちの平和であるキリストに熱心に学ぶものでありますように。この主の日、ひと日を主が祝福で満たしてください。
み言葉が必要です。御霊を注いでください。くちびるを開いてください。耳を開いてください。主の御名によって祈ります。