主の日の祈り

主の日の礼拝にて

11/2礼拝にて

「なぜ怖がるのか」という御子イエスの力強い言葉によって、私どもの信仰を呼び覚まそうとしてくださるあなたの励ましを、感謝致します。
 その言葉によって、改めて私どもがどれほど怖がっていたかに気づきます。知らず知らずのうちに、怖がる窮屈な心が当然と思い、戦々恐々とした思いで生きる以外にない、人生とはそんなものだと思い込んでいるのです。父なる神を呼び、信じ委ねて、恐れから解放される道、恐れに勝つ平安を知る道があることを御子は教えてくださいます。
 どうぞ、ねんごろに私どもに語りかけてください。縮み上がって小さくなっている心があれば、暖かなあなたの憐れみの中で、柔らかくされ、広げられますように。どうせあなたを信じることによっても事は解けない、と固くなる部分を残しているならば、そこにもみ言葉が染みてゆきますように。他でもない全能の父なるあなたの御子イエスが、怖がるな、というからには、本当に恐れから解き放たれる道があるはずだということに、心の奥で気づくことができますように。
 それにしても小さな信仰です。恥ずかしく思います。自分を守り、親しい者たちにすら心を閉じて、理解することよりも理解されることを求めて生きてしまいます。またしかし、そのことを祈ろうと思いました。悔い改め、新しくなろうと思っています。ほんの少しでもいいのです。後ずさりでも停滞でもなく、少しでも新しくなれますように。清くなれますように。
 世界に平和を与えてください。伝染病に手立てを打つことができますように。苦しみや悲しみの満ちている世界を、あなたがあわれんでください。日本の国が希望を失わずにいられますように。若い者も、年を重ねた者も共々に守ってください。この国の教会が、疲れから解放されて、この日、明らかな喜びを献げ、御国を待ち望んでいることができますように。そのことが、この国の、この世の光となりますように。

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